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ブルックナー交響曲第8番の名演!これぞ重厚長大で圧倒的!

      2018/07/14

ブルックナーの交響曲、全11曲の中でも、この大曲を最高峰に位置付けする熱狂的なブルックナー信奉者が多い、第8番の交響曲。

堂々たる大伽藍(だいがらん)を仰ぎ見るかの如く、その重厚かつ偉大なる風格はクラシック界の交響曲を見渡す中においても格別な存在感を放っています。

全曲の演奏には、ゆうに1時間を超える大曲であり、1楽章だけの演奏時間も30分程度を要します。
今回は、そんなブルックナー交響曲第8番の第4楽章を、一度じっくりと腰を据えて聴いてみましょう!

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ブルックナー作曲/交響曲第8番

下の動画は、今は亡き帝王ヘルベルト・フォン・カラヤン氏とウィーンフィルハーモニー管弦楽団の演奏です。

カラヤン氏は、クラシックファンならずとも知名度バツグンの超有名な偉大なるマエストロ(クラシック界では大指揮者に対し敬意を評してこう呼ぶ)ですね。


彼は、生存中に膨大なる録音を残したがために、評論家の一部からは「商業主義」だとか「神聖なるクラシック音楽を貶めた(おとしめた)」などなど、酷評を極めるメディアも存在したのは確かです。

しかし、クラシック音楽という堅苦しい世界をレコードそしてCDと言う革新的な媒体によって全世界へいっきに拡散させた功績は誠に持って大きく、まさに音楽史に永遠に刻まれる天才的偉業と断言します。



ブルックナー交響曲の特長とは何か?

さてこの交響曲第8番は、何といっても全体に遅めでゆったりしたテンポの方が曲のイメージになじんでいるように思います。

特に終楽章(第4楽章)では早めのテンポでいっきに終わってしまうような演奏も数多く見受けられますが、それではブルックナーの重厚な大伽藍が全くかき消されてしまい、あたかも骨細でひょろひょろな骨格になってしまいます。

「いや、そんなことはない!」との熱狂的な信奉者もいるでしょうが、そもそもブルックナーの交響曲における最たる特徴は何かと聞かれた時に、それは大河の如く流れる宇宙的雄大さであるとの答えに異論は無いと思います。

そのような雄大さ・または壮大なる印象を音として表現する場合には、やはりテンポ設定はある程度遅くとったほうが最適である思いますし、ブルックナーの場合は特にそうでなければならないと私は常々感じています。


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ブルックナー交響曲8番のテンポについて

それでも「楽譜には「早く」と書いてあるではないか!」と言ったこだわりを見せる指揮者が必ず存在しています。が、これにも私は疑問を感じます。

楽譜に記されている「早く」という表示記号は、メトロノームで測ったような機械的な速さを求めているのではなく、あくまでも曲全体の中での相対的な速度を求めているのだと思うのです。

ですので、楽譜に記されているドイツ語表記での「schnel」=「速く」は、せかせかと速めのテンポでいっきに演奏する事とは違う意味合いであると考えます。


特にこの交響曲第8番・終楽章の出だしの部分や一番最後のコーダ部分を、やたらと速いテンポでいっきに演奏するのを聴くとき、「これは断じてブルックナーではない!」との条件反射的な拒否反応が起きてしまう私ですが。。

最近、大阪フィルハーモニー交響楽団のブルックナー8番をテレビで拝見しました。指揮は大植英次。氏は、大阪フィル育ての親でありブルックナー指揮者でもあった故朝比奈隆氏の魂をそのまま受け継ぐとして、熱烈な大阪フィルファンの信望を集めているようですが、さてその演奏には・・・正直いくつもの疑問が残りました。


終楽章のコーダ部分に至っては、速い速い早すぎる!しかも、全体のアンサンブルが著しく乱れてしまい悲惨なまでにバラバラな演奏。「本当に勢いだけで終わっちゃった!」みたいな演奏なのです。

その演奏後は、お決まりのブラボーありで熱演を讃える拍手も大きかったものの、私としては「果たしてそんなに名演だったのだろうか」との大きな疑問が残るブルックナー8番でした。


ブルックナー交響曲第8番の名演はこれだ!

さてさて、ようやく本題に入ります。

「ブルックナーの交響曲第8番の名演は?」と聞かれるならば、迷うことなくこれです!

セルジュ・チェリビダッケ指揮のブルックナー。


重厚長大、これぞブルックナーの真髄ここにあり。

チェリビダッケの演奏は、大抵の場合、絶賛派と完全否定派に分かれます。否定派の意見は決まっており、「演奏が間延びしすぎる」「凡長である」「独特の解釈過ぎる」等々ですね。

しかしです、彼らは何一つ分かっていない。チェリのブルックナーは決して間延びなどしておらず、決して凡長でもありません。独特の解釈ではなくて、チェリビダッケでしか成しえない【孤高の境地に達した演奏】なのです。


氏の持論として、「音楽は体験することでしか理解出来ない」と述べていた事は有名です。録音後に再生された演奏は、『既に音楽そのものが死んでいる』と言うのです。

私は当初、その意味がなかなか理解出来ませんでした。しかし・・・チェリビダッケが1993年に来日したおり、東京赤坂のサントリーホールでの演奏会で、遂にその言葉の意味が、脳内だけではなく五感全身を通して理解出来たのです。

それが、下記の大曲です。

ブルックナー作曲/交響曲第4番「ロマンティック」




ブルックナー特有の「原始霧」と称される、冒頭からピアニッシモで始まる弦楽器によるトレモロ(弦楽器による細かな刻み)。これが、まさに圧倒的な衝撃を私に与えました。

目の前の空気がゆらゆらと揺れているような、全く不思議な感覚に襲われたのです!

眼前の空間が、弦楽器のトレモロによって震えているような、空気が震動しているのがハッキリ見えるような感覚。そこにかの有名なホルンのソロがまさに完璧な演奏で見えては消え、また見えては消えていく、そんな演奏でした。

空気の振動が「見えたような」ではなく、「まさに見えたのです!!」


ちなみに、この冒頭部分のホルンソロは、ホルン奏者にとっては超難関テクニックを要する事で有名です。今まで聴いたブルックナー4番で、当日の演奏ほどに完璧なテクニックとコントロールを持って表現されたのは初めて。私は冒頭の数小節で、もう完全に打ちのめされてしまいました!


ちなみに、オーケストラは、チェリビダッケの手兵ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団。間違いなくミュンヘン・フィルは、ベルリン・フィルと双璧を成す世界超一流のオーケストラである事に確信を持った演奏会でもあったのです。


ブルックナーの交響曲第4番は、演奏時間が1時間を超える大作ですが、曲が始まってからのほんの数小節でもって、今まで体験した事のない「まさに神様が降臨するが如しの空間」を体験しました。

世の中が180度変わってしまうような衝撃的体験。それは神様が降臨するが如しの空間。大袈裟なようですが、これが一番適切で妥当な表現です。

幻の大指揮者セルジュ・チェリビダッケ氏が言うところの、「音楽は体験することでしか分からない」の意味は、ここにあったのです。

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