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節分豆まきの由来には意外な事実があった!

      2022/01/31

節分の豆まきは、毎年恒例の冬のイベントですね^^

当日には必ず、どこそこで鬼は外!福は内の行事が催された、とのニュースが流れますよね。
鬼のお面を被った大人にいじめられて(笑)泣き出す赤ちゃんなど、おなじみの光景です。


そんな節分ですが、その由来について今回徹底的にリサーチしてみたところ、意外な事実が判明したのです。

歴史には、一見すると分かっていそうで未だに分からない事がまだまだあるものなんですね。

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節分の由来/豆まきはこうして始まった

まず結論から行きましょう。

豆まきが始まった事が確認出来る文献や文書などは、実はいまだに確認されていません。

平安時代に【追儺(ついな)】と呼ばれる行事が始まってから室町時代に至るまでの間に、いつの頃からか節分に豆まきをする風習が広まっていったようです。

当初は宮中で行われた行事【追儺(ついな)】が時代の経過とともに一般庶民に広まっていき、いつしか節分には豆まきをして鬼を追い払うとなったと言う事です。

節分というのは元来、立春・立夏・立秋・立冬、それぞれの前日を指していました。

中でも立春は一年の始まりとして(旧暦では立春が1月1日でした)重要と言うことで「立春の前日を節分と呼ぶ」という形で今に残ったものなのです。

ざっくりとらえるなら、下記のような流れになります。

【追儺=大晦日に鬼を追い払う豆まき⇒節分に豆をまき悪霊や邪気を払う】

平安時代から始まった追儺が、豆まきをする風習として広まった

豆まき行事が確認出来るのは平安時代

今をさかのぼる平安時代(794年~1185年)の宮中では、怖い鬼や悪霊を追い払う儀式として、大晦日に「追儺(ついな)」と言われる行事が行われていました。

『年の変わり目には鬼や悪霊などが出てきやすい』と恐れられていた為、厄除け儀式で退治したわけです。

「追儺」の内容は、目が4つあるお面をかぶった『方相氏(ほうそうし)』が登場。
年越しになると現れる悪鬼を追い払うために、弓やでんでん太鼓を持った援護役の人たちと一緒に宮中を回りながら鬼退治すると言う儀式です。

四つの目を持ちながら悪霊を退治してくれる方相氏、何とも勇敢で頼もしい役目ですね。

悪鬼を追い払うために援護役の人達と共に鬼退治する役目
そして豆まきの儀式が初めて確認出来るのは、追儺が宮中で行われた平安時代から実に約200年後!
室町時代(1336年~1573年)になります。

その時代に書かれた文献の中で、ズバリ【節分に豆まきをする】と記された箇所が確認出来るそうです。

このように、「節分に豆まき」と確認は出来るものの、果たして豆まきがいつから始まった行事なのかは未だに不明なのです。

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平安時代には「鬼は外」と言っていた!

おもしろいことに、当時から「鬼は外、福は内」と言っていたことも当時の文献で確認出来ています。

豆まきは、延々長い歴史を経て現在に至っているのに、意外とそのままの形で伝わってきているのですね。

約500年も前から「鬼は外、福は内」と言いながら豆まきしていたとは、全く凄い事実!驚きですね!


ちなみに「追儺」の行事は、現在でも神社仏閣において節分の日に行われている伝統行事です。
「追儺」は、節分のメインイベントとして華やかに行われている神社がたくさんありますよ。

そしてこの追儺は「鬼ごっこ」の起源だそうです。

鬼を一人決めて、他の子供たちはさっさと逃げて散らばり鬼は追っかける、あの鬼ごっこ。素朴だけど、おもしろかったなぁ。

今の子供たちが「鬼ごっこ」をするのかどうかはさておき、追儺が起源と知り「あぁなるほど」と納得。

鬼ごっこは素朴な子供遊びの定番だったけど、実はもの凄く伝統があって由緒ある遊びだったんですね。

追儺は子供遊びの定番である鬼ごっこの起源になります

そもそも、なぜ「豆」なの?

節分には鬼を追い払う目的で豆をまく、と言う事は分かりました。
でもどうして、まくものが「豆」なんでしょう?

たとえば「米」をまくとか。お米は、古来日本の収穫の象徴ですから。
それが、なぜ「豆」なのか。

昔から、農耕民族である日本人にとって大豆は大切な「五穀」のひとつでした。
五穀豊穣と言いますよね。

ちなみに五穀とは一般的に、「米」「麦」「豆」「粟」「黍(きび)」あるいは「稗(ひえ)」この五つを指します。

そして、「五穀」には【霊力】が込められているとされていたようです。

そこから転じて、大豆に宿っている穀物の霊の力によって悪霊を退散させられると考えられていたのです。


そして、豆にはもうひとつの側面があります。

「まめ」は、「魔目」「魔滅」とも書けることから、魔=邪気を払うとも考えられていたようです。
つまり、『五穀だから霊力がある』と崇められていたのですね。

しかも「魔滅」だから厄除けがある』という理解になるわけです。なるほどですね^^

五穀には霊力があり、しかも魔滅だから厄除けがある。

豆まきの基本ルール知ってます?

さてここで、豆まきの正しいルールを伝授!

基本を知っておいて損はないですよ^^

  • 大豆は炒る(いる)
  • ⇒まいた後で回収し忘れて芽が出てしまうと縁起が悪いため

  • 炒った大豆を枡(ます)に入れて神棚に供える
  • ⇒大豆の霊力+神様の神聖なる力を授かる

  • 豆まきの時間は夜限定
  • 鬼は年の変わり目である深夜にやって来るため

  • 豆をまくのは1人
  • ⇒代表者。誰が代表かは地域によって様々です

  • 「鬼は外」が先、「福は内」は後
  • ⇒まずは鬼を追い出してから福を呼び込もう!

  • まいた豆は『年齢+1個』食べる
  • 昔は年が明けると全員1歳としを取っていたのです

そして節分は大晦日。もう少しで新年を迎えて年が1つ増えるので、プラス1個お豆を食べるのです。

上記の豆まき基本ルール、実際には地域によって本当に様々なようです。

基本を知っておいて、ご家庭などで楽しく出来れば最高ですね。

北海道や東北は大豆ではなく落花生をまく地域がある

まくのは豆だけではない?

例えば、まく豆が大豆ではなくて落花生(殻つき)の地域があります。
特に、北海道や東北・信越地方に多い風習です。


元々は北海道で始まったようですが、雪の中にまいても拾いやすく衛生的であることが理由です。なるほど、確かに2月の北海道といえば極寒で雪深いですから、大豆を拾うのは大変な作業ですよね。


そして「鬼は外、福は内」ではなく、「鬼は内、福も内」という地域も有ります!

これは、鬼にまつわる言い伝えがある地域や神社の場合に実行されているようです。

「鬼も神様のうち!」と分類する場合もあり、鬼を追い出してしまうといろいろ困る、という地域や神社があるわけです。


そして豆をまく代表者。

長男という地域と年男という地域、そして一家の主という地域があります。ご家庭によってルールは様々だと思うので、ご自分の考え方に合った方法で豆まきしましょう。

豆をまく人は長男・年男・一家の主と地域により違います

【まとめ】豆まきを楽しもう!

節分の由来は、平安時代の大晦日に宮中で鬼や悪霊を追い払う儀式として、追儺(ついな)と言われる行事をしていたのが起源だと分かりました。

ただ、豆まき自体がいつ頃から始まったのかは文献も残っておらず不明だという事です。

そして、追儺は鬼ごっこの起源になると言う事も面白いですね。
鬼を追い払わない豆まきや、「泣いた赤鬼」のお話を思い出して、ちょっとほっこりした癒された気分になりました。


さて最後になりましたが、節分と言えば豆まきと共に、恵方巻きが頭に浮かびますよね。

無言で一気にかぶりつくのがルールらしいですが、なぜ恵方巻きは無言で食べないといけないのでしょう?

ちょっと気になる疑問に、スッキリお答えしています。

※【関連記事】恵方巻きを無言で食べるのはなぜ?話すのはダメなのか

最後までお読みいただき、有難うございました。

 - 【慣 習】, 【節分・豆まき】